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優(ユウ)の家はわたしの家から電車で二駅。行こうと思えば20分で着く。逢おうと思えばすぐ逢える。だけどわたしたちの恋はときどき遠距離恋愛になる。
梅雨どきの、とある週末、わたしはいつものように優の独り暮らしの狭い部屋にあがりこんでいた。ここではいつも、ぼんやり過ごす。この日は、彼はこの前デートで訪れた絵画展のカタログを、わたしは好きな恋愛小説家の昔の作品を、読んでいた。おしゃべりに花が咲く日もあるけれど、大抵はこんな感じ。外では降り止まない雨が窓を滑ってた。
おやつの時間を過ぎた頃、玄関のポストに郵便物が投函された音がした。静かだからそんな小さな物音までよく聞こえる。彼はカタログを傍らに置くと、立ち上がって玄関へ向かった。
玄関から封書を一通持って戻ってきた彼は、部屋の入り口で立ったままその封書をあけて中の手紙を読み始めた。わたしも本から顔をあげて、そんな彼の一挙一動、表情ひとつひとつまでじっと見つめていた。
彼が手紙を読み終わってほうと息をつく。もう一度封筒の中を覗くと、中から一枚の写真を見つけ出した。彼はそれを自分でしばらく見た後、ふとわたしが見ているのに気付いて、その写真をわたしに手渡してくれた。
見ると、瞳の青い男女数人が映っていた。背景は広い野原みたいなところで、空が嘘のように青い。明らかに日本じゃなかった。
「どうしたの、これ? 誰から?」
わたしが尋ねると、再び床に腰を下ろしていた彼が答える。
「カナダのホストファミリーからだよ。高校2年生の夏休みに、1ヶ月の短期でホームステイしてたんだ」
「えっ……カナダ? ……そうだったんだ」
黒髪で、銀縁のメガネをかけていて、いかにもマジメ、いかにも日本人な優。彼がカナダにいたことがあるなんて、なんだかそぐわない気がして、わたしは落ち着かない気持ちになる。
「言葉とか、大丈夫だったの?」
「うん、まあ、半分くらいはどうにかなったよ」
「半分くらい?」
「そう。向こうの人が何言ってるかわかんなくても、こっちの答えはイエスかノーしかないからさ。自分の思うようになる可能性は五分五分」
そう言って彼は微笑む。
「どうしてホームステイしようって気になったの」
わたしにはそれが一番わからなかった。だって彼、「なんとなく海外に憧れがあって」とかそんな半端な理由で行動する人じゃ絶対ないもの。
彼は一瞬 間を置いた。言葉を選ぶように。
「まあ……うちの姉も同じところに留学してたことがあったから。それで向こうの人に今度は家族も連れてらっしゃいとか言われたらしくて、いろいろあったんだけど、結局ぼく一人で行くことになった」
「そう……か……」
わかったようなわからないような、いつもどこか掴みどころのない彼の答え。これ以上質問を重ねて根掘り葉掘り聞き出すわけにもいかない地点。
わたしはいつもその理解できない距離をもどかしく思う。わたしはどうして、彼が生まれた時から今までずっと、彼の傍にいなかったんだろう。そうしたら今、わたしは愛する人のすべてがわかっていたかもしれないのに。たいがいムリな話だけれど、ついそんなふうに感じてしまう。
彼に出会うまでの19年間。わたしの知らない彼の19年間。それがとても、もったいなく思えて。本当は彼の現在、過去、未来、そのすべてを独占したい。もちろんそんなことは口が裂けても言えないけれど。
だけど、同時に、わたしは知ってる。
理解できないからもっと知りたいと思うのだ。もっと知りたいと思うから、もっと傍にいたくなる。今までの分を取り返すように、10年でも20年でも、いや100年だって、彼の近くで彼を知っていきたい。もっと彼を知って、そしてまたますます彼に惹かれていくのだ。この想いに終わりはない。
それは恋愛の原理。
『恋人は他人』ということ。
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