パパ様を退治に


【1】 

 何も隠すことじゃないと思うので最初に断っておくが、あたしの父親は魔王である。正真正銘、魔界で一番エラいヒトなのだ。と言っても、具体的にどこがどう偉いのか、あたしにはよくわからない。娘のあたしにわからないくらいなのだから、魔界の住人の多くも、きっと父の権力の偉大さを把握してないと思う。でも偉い。それだけは確か。だって父は誰からも魔王と呼ばれるヒトなんだから。
 いま魔界という表現を使ったが、実はこれもはっきりしない概念だ。どこからどこまでが魔界でどこからどこまでが人間界なのか。境界線を知る者は、少なくともこの魔界にはいない。あたしが15まで生きてきて、いろいろヒトから聞いたり本で読んだりして得た知識から言えば、人間の言うところの「世間」に近い言葉なんじゃないかと思ったりしている。
 まあ、そういうわけだから、父の統治する魔界は国としての体裁をととのえているわけじゃなし、もちろん成文法なんかはない。前魔王だった祖父が死んで父が魔王になった時も、戴冠式などの儀式的なことは一切なかったと聞いている。(それはあたしが生まれるよりずっと昔のことなので、直接には知らないのだけど。)ただ、世の常として、慣習法は厳格に存在していて、魔界の一般常識から外れたことをしたヒトは、村八分にあったり、陰口を叩かれたり、それなりの社会的制裁を受けることになる。だからそんなに治安も悪くないし、魔界は人間が考えるよりも案外平和的な世界なんじゃないかな、と思っている。魔界の民も父の治世に概ね満足していると聞く。自慢じゃないけど、父の治世が始まってからこの方120年、未だ一度も反乱や内乱は起きていない。
 攻撃的で戦争好きなのはむしろ人間の方だ、とは父が常々言っていることで、あたしもホントその通りだと思う。この100年間だけでも、人間界では各地でそれ戦だ、やれ革命だ、と何度混乱があったことか。それはもう、数え切れないほどだ。それだけ殺し、殺されたらもう十分だろうとあたしなんかは思うんだけど、それでもまだ足りないらしい。先日、人間界に行っている諜報員からもたらされた最新情報によると、今度はなんと、魔界にまで侵略の手を伸ばそうとして、人間界では魔王討伐を企てているそうだ。……いや、「今度は」という表現は正しくないかもしれない。魔界と人間界の争いは、両者が生まれてからずっと続いてきた、「終わりなき戦い」である。数十年ぶりに人間界が「その気」になっただけの話かもしれない。とはいえ、やはりなんと迷惑な話だろう。こちらは向こうに何の迷惑もかけていないつもりだったのだが……。
 平和好きの父はこの諜報員からの情報に、非常に心を痛めていた。心中お察しします、お父上。
 別に人間たちと争いたくはないけれど、でもだからって何もしないでただやられるわけにもいかない。いくら平和好きでも、わが身は大事だ、やっぱり。そこでこちらも手をうつことになった。
 名づけて、プロジェクト・えっくす。
 この作戦の総指揮は父だが、実行チームの頭はあたしである。自ら志願したのだ。父は、男手ひとつで、末娘のあたしを目に入れても痛くないくらい可愛がって育ててくれた。その愛情に、恩に、応えるべき時が今こそ来たのだ。父のために、ひとはだ脱ぐなら今しかないと思った。
 そんなわけで、あたしは人間界へ旅に出ることになった。伴は世話焼きの1人だけ。それもそのはず、この仕事はスパイなのだ。大勢で行って目立つわけにはいかない。出発のギリギリまで、父はあたしを心配してオロオロしていた。何度か「やっぱりお前は行くな」と制止された。その度に父をなだめすかし、説得し、最後には父を振り切るようにして出てきた。あたしの決意は岩よりも固かった。
 なんとしても、父上とこの魔界を救ってみせる!
最終更新日:2003.10.10

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