パパ様を退治に
【2】
「では勇者、そなたにすべて任せたぞ。なんとしてもにっくき魔王をやっつけて帰って参れよ」
「は、御意に。この不肖レリス、必ずや魔王めの首、討ち取って参りましょうぞ」
まじめな顔で最敬礼をしてから立ち上がり、さっとマントを翻す。城外まで王直属の軍人や家臣があたしたちを見送りに来てくれた。あたしは王様が用意した幌馬車に乗り込むと、無闇に立派な石造りの城をあとにした。
幌の中で端に腰を下ろし、とりあえず一息つく。中を見渡すと、ものものしい鎧や衣装に身を包んだ男女がふたりずつ、計4人。彼らもまた、王様があたしに与えてくれた「仲間」である。王様に正式に認められた、上から下まで「正義」の塊な人々……。
いやちょっとマテ。
あたしは魔王の娘じゃなかったか?
スパイとして王宮に潜入したんじゃなかったか?
何でこんなことになってるの!? 何? 何なの? ねえ、なんで!?
……まずは、落ち着いて思い出してみよう。どうしてこうなったのか。そして整理しよう、今の状況を。対策はそれから考えるべきだ。
そうよね?
あたしは父――魔王のため、人間の王宮で行われる「勇者選定の儀」にスパイとして潜入することになっていた。人間界にはよくわからない掟があって……国王に正式に認められた者だけが勇者を名乗ることを許されるのだそうだ。しかも、その勇者は魔王1人に対して1人だけ。つまり勇者と魔王は常に一対一対応。だから誰を勇者に選ぶかっていうのは、人間界にとって重要な問題なわけで。わざわざ王宮で、国宝アイテムまで持ち出してきて、全国から集まってきた勇者志願者の中からたった1人を選ぶという、「勇者選定の儀」を行うのである。それはもちろん人間界でも一面トップの大ニュースなのだが、実は魔界でも結構な話題になる。「今度の勇者はちょっと貧相ですねえ」「でも顔はジャニーズ系ですよ! 私はこの子、好みだわぁ」といった具合の世間話になっちゃうほどだ。個人的には、なんでわざわざ勇者を1人に絞るのか、その点を理解しがたく思う。せっかく志願者がたくさんいるんだから、全員勇者にして、勇者の大群に魔界を襲わせれば、きっと魔王はイチコロなのに。まあ、わざわざ敵である人間側にそんなアドバイスしてやろうとは思わないけど。
魔界は別に人間界を侵略する気はない。でも、人間に黙ってやられるわけにもいかない。だから攻められる前に予め対策を練る。そのために、あたしは今度の勇者がどんなヤツになるのか、「勇者選定の儀」に潜入して、この目で見て、勇者の特徴や実力のほどをお父様に報告するつもりだった。それは確かに危険を伴う仕事だった。なにせ、敵の陣中まっただなかへ潜り込むのだから。その気になれば、か弱い15の小娘であるあたしのことなんか、人間はどのようにでも料理できるだろう。誰にも正体を見破られずに王宮へ入れるかどうか……それがまずネックだった。
しかし。あたしの不安はあっさりと裏切られた。誰一人として、あたしの姿を怪しむものはなかった。確かに、全身を地味な色のローブですっぽり覆い隠していたせいもあったろうが、それよりも、「勇者選定の儀」をこの目で見ようと集まった野次馬で王宮内がごった返していたことと、そもそもあたしがヒト型魔族であることが最大の理由だろう。黒い髪に白っぽい肌。背は小さめだけど、まあごく普通のどこにでもいるような女の子ってわけ。お供としてついてきたヤツ――サークという名だ――も同じくヒト型だった。だから人間界にいても目立たなかった、といえば確かにそうなのだが……
しかしあたしとサークには、ひとめで「魔族だ」と見分けられる特徴が一点だけあった。つまり。
瞳が紅いのだ。純粋な人間の目が紅いなんてまずありえない。
なのに誰も気付かないなんて。人間の目は節穴かと勘繰ってみたくもなる。まあ、とはいえそのおかげで無事に王宮への潜入に成功したのだから、問題はないのだが。
「勇者選定の儀」は大広間で執り行われた。どんなことをするのかと思ったが、大仰な行事であるわりに儀式の内容はいたってシンプルなものだった。中央の台で神官らしき格好の人間が国宝である「国家の宝刀」をうやうやしく鞘から抜き、天窓からの光にかざす。すると唯一無二の勇者となるべきものの姿が、その光によって刃に浮かび上がる、という仕組みだった。
大広間は文字通り本当に広く、あたしたちは目立たないように隅にいたせいもあって、儀式が今どの過程にあるのかもよく把握できない状況だった。当然、刃に映ったという勇者の姿も遠すぎて見えなかった。気がつけば儀式は進み、刃に浮かんだ勇者を、神官や家臣たちが広間中を探し回っている最中だった。
それが、いつまで経っても見つからない。初めは神聖で荘厳な雰囲気の中で執り行われていた儀式だったが、時間が経つにつれだんだん人々がダレてきた。周囲が私語によってざわつき始めた頃、ふと人ごみをかきわけてこちらに向かってくる神官の姿が目に入った。彼は最初に中央の台で刃をうやうやしくかざした人物だったが、今は広間中を走り回ったせいで息をきらして汗まみれになり、目は血走って、尊厳もへったくれもなかった。
大変そうね、とそれを見るともなしに見ていたら、彼はずんずんこちらへ近づいてくる。目はますます血走っている。え、なに、怖いんですけど、とか思っているうちに、彼はあたしの目の前に立ちはだかった。
そして彼はあろうことか、あたしの手を引っつかみ、大声をあげた。
「見つけた! 間違いない! これぞ、正真正銘の勇者であります!」
最終更新日:2003.10.11
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